『推し、燃ゆ』宇佐見りん あらすじと感想〜 現代のリアルと排除された妄想

文学

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第164回芥川賞受賞作 宇佐見りんの『推し、燃ゆ』(おし、もゆ)河出書房新社。

2021年本屋大賞にノミネートされたり、テレビなどのメディアで取り上げられたりした話題作です。

アイドルを「推す」ことに生活の全てをかける少女あかりの日常を描いた作品。

常日頃は辛口の書評家や作家たちが絶賛しているので興味を持った方が多いのではないでしょうか?

史上最年少で三島由紀夫賞、史上三番目の若さで芥川賞を獲得した宇佐見りん。

21歳の、まさに新進気鋭の作家が描く現代のリアル。

今回はこちらをご紹介したいと思います。

『推し、燃ゆ』のあらすじ

「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。」

印象的な一文から始まるこの小説。

高校生のあかりは男女混合アイドルグループ まざま座(まざまざ)に所属している上野真幸(うえのまさき)のファン。

あかりが4歳の時に観たピーターパンの舞台に出ていた12歳の上野真幸。

その舞台のDVDを高校一年生のとき、偶然から観ることになりました。

懐かしい記憶と画面の中に映る少年の眼力。

あかりは上野真幸の魅力にはまってしまいます。

それから1年かけて上野真幸の長い芸歴を追うことに。

テレビ番組やラジオ放送を書き起こし、書き留めたノートは20冊以上。

すっかり「ガチ勢」となります。

アイドルのファンにはいろいろあります。

音楽や出演作品にだけ興味がある人、アイドルそのもの以外に興味がない人、恋愛感情を抱く人と十人十色。

あかりは推しの音楽・出演作からラジオ、テレビ、映画、舞台とすべてに触れて「解釈」するというスタンス。

友人の成美のようにアイドルと触れ合いたい、とは思いません。

ちょろ
ちょろ

成美は会いに行ける・交流できる地下アイドルにはまります。

あかりは一定の距離を持って、上野真幸を全力で応援しています。

なんらかの障害(作中、明らかにされていませんが診断名がふたつついたとあります)があって日常生活、学業、バイト、家庭生活のどれもそつなくこなせないあかり。

何をするにも体が重い―。

唯一、上野真幸を応援し、「解釈」をブログに書き込み、ファン同士でつながることにだけは熱意をもって行えます。

また、それだけは非常にうまくできるのでネット上では「しっかり者」「賢い」「冷静」という印象。

実際には課題は忘れ、友人に借りた教科書は反せず、成績は振るわず、バイト先では気を遣ってもらうという女の子なのですが。

苦労して稼いだバイト代はすべて上野真幸のコンサート、グッズ、CD、舞台チケットに消えていきます。

そんな中で起きた推しの「炎上」事件。

上野真幸自身は「当事者間で解決する問題」と淡々と語り、しおらしい態度は見せません。

あかりは応援していくことを誓い、実際に更にすべてをつぎ込んで邁進していくのですが…。

海外に単身赴任している父、あかりに対して抑えた怒りとあきらめを持って接している母親と姉。

現代を生きる少女のやるせなさ、だるさ、その中で光る「推し」の存在。

SNSやアイドルの存在、ガチのファン、依存的な関係を批判や否定なく淡々と公平に描いた作品です。

『推し、燃ゆ』の感想

最初の感想。

とにかく、上手い。

の若手作家はうまい人が多いですが、その中でも突出してうまいです。

自然な文章、傑出した比喩には気取りがなく、地の文章になじんでいます。

人物描写が巧みで、ほんの一シーンでしか登場しない教師なども目に見えるよう。

アイドルにまったく興味のない、わたしのようなアラフィフ女性が読んでも「ばかばかしさ」など全く感じないですね。

あかりの、上野真幸に対する、一種「宗教的」ですらある感情(実際にあかりの部屋には祭壇と呼ばれる上野真幸のサイン入り写真が飾られたスペースがあります)に違和感や嘘くささを感じさせません。

読者はあかりに共感を求められることなく、この世界に浸ることができます。

若書きにありがちな「青臭さ」が全くないのは驚き。

 一般の読者にはあかりより、あかりの姉のひかりや母親、父親の方が共感できると思うんです。

日常生活もうまくできない家族が、アイドル活動にだけ精を出していることへのいら立ち。

あかりは無気力と学業不振から高校を中退してしまいます。

ですが、離れて暮らしている父親の態度は非常に「冷静」。

成績は悪いのにアイドルの追っかけには熱心な娘。

家族の理解を得るのは難しいですよね。

障害だから仕方ない、となんとか納得させようとするけれどたまっていく家族の不満。

このあたりの描写が非常にリアル。

家族だからって理解があるわけじゃない―。

それぞれに自分の「言い分」を抱えて暮らしている―。

村田沙耶香『コンビニ人間』の古倉恵子みたいに小学校時代から「奇行」があると家族もあきらめがつくのですよね。

コンビニエンスストアのバイトでも働いて生活費を得てくれていればいい、みたいな。

けれども、あかりは友人がいる一見「普通」に生きている少女。

両親や姉、教師にあかりの「生活しにくさ」はなかなか分かってもらえません。

この微妙な立ち位置をうまく表現しています。

「境界線領域」にいる人間の難しさを感じました。

SNSやネットニュースのコメント欄、掲示板などの文章は再現度が高く、読んでいて「あるある」と思ってしまいます。

ファン投票のためのCD購入、握手券etc.

アイドルオタクの実態が垣間見られます。

が、小説の主眼は「推し」を推すことの精神的な意味。

(実際にはアイドルグループのファンだと、事務所の方針に首をひねったり、特定のメンバーが嫌いだったり、ライブに行くとマナー違反のファンがいたり、ネガティブなことが多いそうです。が、その辺りの描写はゼロ。)

なにか、打ち込めることのある人には読んでいて楽しめる文章だと思います。

最近の芥川賞受賞作の傾向

 上に挙げた村田沙耶香の『コンビニ人間』はややアスペルガー症候群(?)的な主人公。

『推し、燃ゆ』のあかりにもなんらかの障害があります。

こういう、現代社会では「生きづらい」と感じている主人公のお話が最近の芥川賞受賞作には多いですね。

ただし、どちらの作品にも「暗さ」や「圧迫感」がなく娯楽作品として読むこともできるのは作者の力量に負うところが大きいと思います。

現代人がみななんとなく感じている閉塞感や生きにくさ。

分かりやすい形で提示し、客観化できるキャラクターが好まれているのでしょうか?

また、古倉恵子とあかりに共通しているのは「妄想」のなさ。

人間は妄想が大好き。

ものの本によると起きている時間の何分の一か妄想にあてられているといいます。

が、恵子もあかりも「妄想」がない―。

一時期、小説や映画、ドラマなどでも「妄想」について表現したものが多かったですね。

日本に「小説」なる概念が輸入された時からその傾向はあります。

田山花袋の『布団』『少女病』なんて90%妄想の世界です。

特殊撮影の技術が進むとテレビドラマでも映像化されるようになりました。

アメリカドラマ『アリー・マクビール』(邦題は『アリー my love』)などなど。

恵子は新しい集合住宅が出来ると「自分の勤めるコンビニの客になるかも」と想像はしますが、マーケティングですし。

あかりは「推し」と付き合うことはおろか、ファンの立ち位置からそれることは一切考えません。

このあたり、なんらかのハンディキャップ(あくまでも現代社会の物差しで)があってもいさぎよくてある意味すがすがしいくらいストイック。

ちょっとうらやましくすらなってしまいます。

妄想のなさ、少なさというのは自分に対する幻想を持っていない、ことだと思うんですね。

自分はもっと大切にされていいはず、とか自分はもっと価値があるはず、とか。

そういった人間臭さがないんです。

この「冷静さ」がいい。

あかりはつらい時にも他人の前で涙を流すことを良しとしません。

肉体に負けている、いやしい―。

ひたすらなくことを我慢するさまは男気すら感じさせます。

禁欲的というとあかりの「推し」である上野真幸もそう。

5歳の時に母親に連れられて芸能界入り。

いわゆるステージママに担ぎ出された子役上がり。

芸能界の虚実に居心地の悪さを感じながら不器用に生きてきた彼。

いつも、どこかにらみつけるような眼をする青年です。

アイドルといってもチャラチャラしていないんですよね。

(今のアイドルはみなさん、地に足の着いた方が多いようですが)

 結局、小説を最後まで読んでも上野真幸のファン殴打事件の真相は解明されません。

作中、様々な憶測は飛び交いますが、もしかしたら…という程度。

実際、芸能界で起きたことの「真相」なんてわかりませんしね。

若者の活字離れが取りざたされて久しいですが、若年層にこんな「小説巧者」を生み出しているのだからあてにならないと思いますね。

単に能力の格差が広がっているだけかもしれませんが。

あらすじを知っていても作者の上手さは堪能できます。

ぜひ、手に取って読んでいただきたいですね。

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とてもいい朗読でした。

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お付き合いいただき、ありがとうございます。

少しでも参考にしていただけるとうれしいです。

よろしかったらこちらもどうぞ。

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