カズオ・イシグロ『クララとお日さま』あらすじと感想

文学

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イギリスのノーベル賞作家 カズオ・イシグロ。

2021年3月に最新刊『クララとお日さま』が世界で同時に出版されました。

原題は『Klara and the Sun』。

翻訳は土屋政雄。

カズオ・イシグロにとって『忘れられた巨人』以来6年ぶり8番目の長編小説になります。

今回はこちらの本を紹介したいと思います。

『クララとお日さま』のあらすじ

 高度な技術が発達した社会。

13、4歳の子供がいる家庭ではAF(人工親友)という名のAIロボットを購入。

家でともに暮らすという風潮が出来つつあります。

まず子供が見て気に入り、親にねだるところはおもちゃと同じ。

 クララはあるお店の中で、同じAFのローザやレックスと共に立っていました。

クララはこざっぱりとしたショートヘア。

肌は浅黒く、着ている服は黒っぽくてシック。

観察眼に優れた賢いAFです。

彼らAFの栄養は太陽光。

いつも日光の当たる場所にあこがれています。

店長さんに言われるままショーウィンドウやお店の中を移動する日々。

気に入ってくれる子供がいれば、購入されてお家ができます。

早くお店を出たい―。

AFは陽光がふりそそぐショーウィンドウに立つこと、目立つ場所にいることを名誉に思い、

お店の壁際を避けたいと思っています。

 ある日、クララはやせた女の子ジョジーと出会います。

見るからに病弱そうな少女。

クララを一目見て気に入ったジョジーはまたお店に来ることを約束して帰るのですが―。

 少女とAIロボットの出会いと別れを描いた作品。

『クララとお日さま』の感想

 よい意味でムービングゴールポストの作家、カズオ・イシグロ。

作風をがらりと変えてくることで有名です。

新作が出るたびに読者は瀬踏み(せぶみ;川などを渡る前に瀬を踏んで深さを試すこと)するようにページを繰っていきます。

次はどんな世界か分からないからです。

今回も同じですね。

最初の1ページを読んだときにはクララは植物かと思いました。

あまりにも太陽に対する執着と愛情が強いからです。

数ページ読むとその理由がわかるのですが。

私たち読者はクララの眼を通してカズオ・イシグロの作った近未来世界に少しずつ入り込んでいく―。

この手探り感覚がおもしろいです。

読みやすい文章とは反比例して重たいテーマを扱っています。

ですが、かなしくもあたたかい読後感を残す不思議な作品です。

カズオ・イシグロ 他作品との類似点

手法に関しては自己模倣をしないカズオ・イシグロ。

ですが『クララとお日さま』はカズオ・イシグロの繰り返されるモチーフがたくさん出てきます。

クララとジョジーの関係は『わたしを離さないで』のキャシーとルースを思い起こさせます。

思慮深いおとなしい少女とわがままな少女の対比。

ジョジーの親友リック少年とふたりの関係も『わたしを…』のキャシー・ルース・トミーのよう。

ジョジーの母親は『わたしを離さないで』のマダムにそっくり。

クララに「感情がなくてうらやましい」というシーンは、マダムの勝手な言い草をほうふつとさせます。

(人間の自己正当化はカズオ・イシグロ作品によく出てきます。

今回はジョジーの母親に最も色濃く表れています。)

クララの持っている太陽信仰と供物行為はヘールシャムの「伝説」を思い出させますね。

試練を受ける「愛」というテーマは『わたしを…』『忘れられた巨人』に出てきます。

ロボットであるクララが人間の原始的な宗教観と同様なものを持っているのはとてもユニーク。

ソーラーシステムで動くAIロボットという設定が利いている部分です。

また、クララのいた「お店」はAF販売の高級店。

ヘールシャムと同様、比較的に恵まれた環境なのです。

物質的には豊かな場所にいるさびしい子供というのはカズオ・イシグロ作品の多くに共通しています。

ディケンズとは違い、孤児の寂しさや身の置き所のなさを貧困と結びつけないのがカズオ・イシグロ。

『わたしたちが孤児だったころ』のクリストファーやジェニファーも、経済的にはなに不自由なく生活できています。

『クララとお日さま』タイトルに反して厳しいシーンも…

今回はかわいらしいタイトルや文章の読みやすさがあるもののかなり精神的にこたえる場面がありました。

その一つが裕福な親が子供に施す「向上処置」(lifting)

と呼ばれるもの。

最悪な場合は子供の命すら奪いかねない、本末転倒なしろものです。

ジョジーの姉サリーは向上処置が原因で亡くなっています。

彼女にまつわるエピソードは悲壮の一言。

(『向上処置』という言葉は『クララとお日さま』の中に13回出てきます。

内容について詳細な描写はありません。

ミスタ・バンクスのセリフで「遺伝子編集」とわかる程度。

AGEとも呼ばれています。)

「向上処置」は重大な健康被害をもたらす危険がありますが、受けなければ進学すら危うい。

親にとっては究極の選択です。

受けさせたもの、受けさせなかったもの、どちらにも言い分と後悔がある。

格差社会で様々なものがゆがめられていきます。

そんな社会で、子供に無償の愛を捧げるAFたちの姿が痛々しいです。

 クララの心根は非常に美しい。

それだけに周囲の残酷な世界との落差が読み手の胸を締め付けます。 

『クララとお日さま』同様、愛情を持つAIを描いた作品は?

 ロボットという言葉はチェコの作家カレル・チャペックの戯曲『ロボット(R.U.R.)』から来ています。

人間の行っていた労働を肩代わりしたロボット。

人間に対して反旗をひるがえす存在です。

強烈な文明批判。

ロボットや人造人間はこういう描かれ方をすることが多いですね。

ちょろ
ちょろ

士郎政宗・柴田昌弘の漫画などもそうです。

一方、自殺したり、人間に恋をしたりするロボットたちも描かれています。

このあたりの小説をまとめて読みたい方には瀬名秀明の『ロボット・オペラ』がおすすめです。

『鉄腕アトム』も出てきます。

多種多様なSFの中で人間に献身的な愛を持つロボットを描いた作品があります。

イギリスのSF作家ブライアン・オールディス『スーパートイズ』。

原題;「SUPER TOYS]

発表は1969年 『ハーパーズ・バザー』誌。

2001年スティーブン・スピルバーグ監督によって『A.I.』というタイトルで映画化されました。

原案はスタンリー・キューブリック。

もず
もず

元は14ページに満たない短編小説ですが、キューブリックがほれ込んで映像権を獲得。

ちょろ
ちょろ

オールディスとふたりで脚本を作ろうとしたんだよね。その後、続編が書かれて現在の形になりました。

人工知能を持つロボットの少年デイビッドにプログラミングされた母親への愛情。

けれども母親はデイビッドと感情的にすれ違い続けます。

充たされることのない思い―。

人間のエゴとロボットの一途な愛情を描いた作品。

『A.I.』のデイビッドとクララではロボットとしての自覚、作られた意図、選択権の有無、最新型かそうでないかなど違いはたくさんあります。

しかし、利己的な人間と無垢なロボットを描いている点は共通しています。

同じ主題を扱った作品では細かな設定の相違に作家の傾向が表れていておもしろいですね。

カレル・チャペックの小説であればクララとローザは自由と権利を求めて反乱を起こすはず。

 クララの、仕事に対する使命感とけなげなまでの献身。

カズオ・イシグロの他作品でもみられるものですが、意識の高い執事やポーターよりも読者の心に迫ります。

執事やポーターは人間らしいささやかな自己顕示欲を充足させますが、クララにはそれがないからです。

 極端な格差社会、弱いものに対する差別と嘲笑

親が子供の人生にどこまで介入できるのか

人間ひとりひとりに、本当に存在価値はあるのか

様々な重たいテーマが凝縮された一冊。

そして誰かが誰かを想う気持ちの大切さを描いた小説。

小説の半ばに出てくるジョジーの父の言葉は読む者の心を打ちます。

人を人たらしめる「個性」。

その存在は、相手を想う気持ちの中にしかないのかもしれない―。

 最長編『充たされざる者』や『日の名残り』に比べると格段に読みやすく、登場人物が魅力的なので初めてカズオ・イシグロ作品を読む方にはおすすめです。

『クララとお日さま』はカズオ・イシグロの亡くなったお母様にささげられた小説。

無償の愛、献身的な愛を描いた作品です。

多くの人の心に訴えるテーマだと思います。

『クララとお日さま』の中のクララ語

 『クララとお日さま』の中には聞きなれない言葉がたくさん出てきます。

翻訳者 土屋政雄によると生まれたばかりのAFクララが世界を見てわからないものがあると自分の言葉に置き換えている―。

例えばRPOビル(RPO building)、クーティングズ・マシン(the Cootings Machine)、シャーピペン(sharp pencil)、オブロン端末(oblong)などですね。

oblongは長方形という意味なのでスマートフォンのような端末かな?とすぐにわかります。

ですが、他の言葉はちょっと難しいですね。

これらは「向上処置」(lifting)や「AF」などとは違う性質のもの。

カズオ・イシグロは翻訳者たちに「違和感を残す翻訳をしてほしい」と言ったのだとか。

土屋政雄の翻訳は成功していると思いますね。

そのほかのカズオ・イシグロ作品

カズオ・イシグロの作品を発表順に並べておきますね。

1982年 『遠い山なみの光』

1986年 『浮世の画家』

1989年 『日の名残り』

1995年 『充たされざる者』

2000年 『わたしたちが孤児だったころ』

2005年 『わたしを離さないで』

2009年 『夜想曲集ー音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』(短編集)

2015年 『忘れられた巨人』

2005年には映画『上海の伯爵夫人』の脚本を手掛けています。

こちらは1930年代の上海を舞台にしたもの。

日本人俳優 真田広之が出演しています。

ノスタルジックな雰囲気の作品で、少し『わたしたちが孤児だったころ』とイメージがかぶりました。

カズオ・イシグロにとっても日本も上海もファンタジーの世界というのは納得です。

どこか幻想的でロマンティックな作品でした。

ただ、よほどのカズオ・イシグロファンでなければ観なくてもいいかな?というのが正直な感想です。

やっぱり、カズオ・イシグロの本領を発揮できるのは脚本より小説だと思いましたね。

 お付き合いいただきありがとうございました。

参考にしていただけるとうれしいです。

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カズオ・イシグロの作品中、もっとも長い小説です。

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