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アメリカの推理小説作家マーガレット・ミラー。(1915~1994)
人間心理を鋭くえぐる緊迫したサスペンスが得意な作家です。
人間描写が非常に巧み。
先見性があり、『心憑かれて』など現代的なテーマをいち早く取り入れていました。
アメリカ探偵作家クラブ(MWA)最優秀長編賞、グランドマスター賞などを受賞しています。
代表作は『狙った獣』、『まるで天使のような』。
夫は同じく推理小説家のロス・マクドナルド。
今回はマーガレット・ミラーが1957年に発表した『殺す風』をご紹介したいと思います。
原題;『AN AIR THAT KILLS』
このタイトルは19世紀イギリスの詩人アルフレッド・エドワード・ハウスマンの『シュロップシャーの若者』の中にある詩から来ています。
マーガレット・ミラー『殺す風』のあらすじ
ロン・ギャラウェイは30代半ばの男性。
非常に裕福な家庭で育ちました。
後妻エスターとの間に2人の息子をもうけ、何不自由なく暮らしています。
子供がいてもロンはまだ独身時代の気分が抜けません。
週末は気の合う男友達たちと別荘で騒ぐ予定。
みな仕事や家庭を忘れて遊びたい、そんな気持ちで行われる恒例の行事です。
4月の土曜日、ロンは別荘へ出かける前に後妻のエスターと口論してしまいます。
略奪婚をしたエスターは疑心暗鬼。
ついつい夫と、周囲にいる女性の関係を勘ぐってしまいます。
ロンとの会話で先妻ドロシーの名前を出してしまい、夫婦げんか。
ロンは気分を害して友達の待つ別荘を向かったはずでしたが、行方不明になってしまいます。
彼はどこへ消えたのか?事件?事故?それとも自発的な失踪?
ロンの妻を名乗る女性が警察に電話したことから話は大きくなります。
先妻ドロシー、友人たちを巻き込む騒動になるのですが―。
消息を絶った男、時折現れる目撃証言、友人ハリーの妻の意外な告白…。
果たして、行き着く先は?
マーガレット・ミラー『殺す風』の感想
この作品には特に大がかりなトリックはありません。
推理小説黄金時代に見られたような驚天動地の「しかけ」を期待すると肩すかしをくらいます。
『殺す風』の魅力はなんといっても登場人物たち。
大人になりきれないロン、恵まれているのに充たされていないエスター、自分のことばかりに気を取られているドロシー。
「運の悪い」友人のハリー、その妻セルマ。
彼らを冷静に眺めるロンの友人チュリー。
みな、それぞれに自分勝手で読者の共感を誘いません。
読み手は一定の距離をとって事件の成り行きを見守ることになります。
どこにでもいそうな登場人物たちが、「欲」を出したために起こる悲劇。
悲惨な出来事なのに、どこかシニカルでところどころ失笑してしまう―。
そんな不思議な空気を持った小説です。
マーガレット・ミラーが作り出す登場人物たちは
やや類型的でも生き生きとしているよね。
ほんの端役でも印象的で読んだ後、数年たっても
覚えていることがあるよね。ロンの財布をもらった女性とか。
この先、ややネタバレを含みます。
未読の方は飛ばしてください。
『殺す風』の事件は、どこが不気味かというと「人間の善意や弱さ」を利用しているところ。
犯人たちの計画は、被害者やその遺族が「善人」でなければ成り立たないんですよね。
この作品が書かれた1950年代は今ほど科学技術が進歩していませんでしたから。
「この子は〇〇さんの子供です。養育費を!」といっても
DNA鑑定ができない時代。
脅迫されても言い逃れできるような…。
実際に自分そっくりの子供たちを認知していない
往年の映画スターとかいるしねえ。
マーガレット・ミラーは異常性格者ではなく、普通の人々の心にふっと沸いてしまう「悪意」や「殺意」を描くのが上手い人。
この小説はマーガレット・ミラーの特質がいかんなく発揮されている作品だと思います。
最後にタイトルになっているA・E・ハウスマンの『シュロップシャーの若者』からとられたエピグラフを引用しておきます。
「私のこころに、殺す風が
遠くの国から吹いてくる。
なんだろう、 あの思い出の青い丘は、
あの塔は、あの農園は?
あれは失われたやすらぎの国、
それがくっきり光って見える。
幸せな道を歩いていった
わたしは二度と帰れない。」
(創元推理文庫 マーガレット・ミラー『殺す風』エピグラフ)
お付き合いいただき、ありがとうございました。
参考にしていただけるとうれしいです。
同じマーガレット・ミラーの『鉄の門』はこちら。