映画『鳩の撃退法』あらすじと感想〜排除された佐藤正午らしさ

映画・ドラマの原作本

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2021年9月27日に公開された邦画『鳩の撃退法』。

原作は直木賞作家 佐藤正午の同名小説『鳩の撃退法』(小学館)。

2014年に出版され、山田風太郎賞を受賞しています。

主演は藤原竜也。

監督;タカハタ秀太

脚本;藤井清美・タカハタ秀太

出演;風間俊介、土屋太鳳、西野七瀬、リリー・フランキー、若松了、豊川悦司ほか。

惹句は「天才作家が仕掛ける謎解きエンター「転」メント」

先日、映画館にて鑑賞してきました。

今回はこちらをご紹介したいと思います。

映画『鳩の撃退法』のあらすじ

 元作家の津田伸一(藤原竜也)

直木賞を獲得したことがある人気作家でしたが、現在は落ちぶれています。

今はデリヘル「女優倶楽部」の運転手として働く日々。

「女優倶楽部」は社長の趣味で、働いている女の子に往年の名女優と同じ源氏名をつける変わったお店。

ある日、津田がドーナツ店で暇つぶしをしていると、何度か見たことのある若い男が一人で本を読んでいるところに出くわします。

彼の名前は幸地秀吉(風間俊介)

バーの経営者。

水商売にしては落ち着いた身なりの、妻子ある男性です。

津田は彼と何気なく世間話をします。

お互いによく知らない者同士。

そんな気安さからつい、幸地秀吉は家庭の内情を口にしてしまいます。

その直後、幸地一家は行方不明に。

周囲やマスコミは現代の神隠しと騒ぎ立てます。

同時に起きた郵便局員の失踪事件。

津田が世話になっていた古本屋の店主 房州老人の遺品に端を発する偽札事件―。

街で起きた不穏な事件の全てになんらかのつながりを持ってしまった津田伸一。

そんな津田に興味を持つ「本通り裏のあのひと」。

名前は倉田健次郎といいます。

失踪した幸地秀吉の「親友」。

いわゆる裏社会の人間です。

津田のことを心配した「女優倶楽部」社長と友人の理髪店店主まえだは彼を東京へ逃がします。

ですが、津田は東京で事件を元にした小説を書き始めて―。

入り乱れる虚実、過去と現在、黒幕と噂される「本通り裏のあのひと」。

津田伸一は事件における探偵か狂言回しか。

すべては作家の妄想か?

謎が謎を呼ぶストーリーです。

映画『鳩の撃退法』の感想と小説との違い

 まず、佐藤正午のファンとして一言。

ずいぶんと佐藤正午らしさが薄い映画だな、と思いました。

ポスターを見た時点でも感じましたが。

「天才作家」?

佐藤正午は「天才」などという言葉を軽々しく使うタイプの作家ではないのです。

本来、この小説の主人公 津田伸一は佐藤正午的なキャラクター。

小説が売れに売れ、酒色におぼれて身を持ち崩した作家という設定は『放蕩記』(2008)でも書いていますし、ファンにはなじみのあるものなのです。

佐藤正午の描く作家はもともとかなりの読書家。

本を読む、文章を書くことが好きで小説家になったけれど人間らしさ(弱さ)ゆえに大金が入ると身を持ち崩して…という流れが多いです。

自分の文学センスと戯れるコクトー、夭折の天才作家ラディゲなどとは遠い存在。

「天才」ではないと思いますね。

そして、映画が始まってすぐに思ったこと。

どうして原作にはない方言で話しているの?

(エンドロールで富山県だと分かりました。最初は四国かどこかかと思った)

これが百歩ゆずって北海道ならわかるんです。

佐藤正午は中退したとはいえ北海道大学に行っていますから。

もず
もず

なので、『身の上話』がヒットした時は北海道新聞にインタビューが載りました。

原作では津田が事件前に温泉旅館の番頭として働いていた青森、作家として暮らしていた東京の地名以外は出てきません。

が、主な事件の起こった街についてヒントはあります。

  • 幸地・慎改など変わった苗字の人がいる
  • 幸地秀吉の妻 奈々美が子供の頃に食べていたミルクセーキというかき氷風の食べ物
  • 魚が美味しい土地なのに「日本一のハンバーガーキャンペーン」開催
  • 街の中に海上自衛隊がよくいる
  • 夏になるとダムの水がなくなり、市民は取水制限の心配をする

九州北部地方、詳しく書くと長崎県の佐世保が有力ですね。

佐藤正午の地元です。

ちょろ
ちょろ

『身の上話』がNHKでドラマ化されたときは長崎が舞台になっていましたね。原作にそんな記述はないのですが。

なんで富山?しかも、脚本家が徳島県出身だからなんとなく四国弁に聞こえるし。

そして小説・映画で重要な小道具となる『ピーター・パンとウェンディ』。

いわずと知れたイギリスの劇作家 J=バリーの書いた幻想小説。

ピーター・パンの物語はディズニーによってアニメ化されて有名ですね。

ピーター・パンが「永遠の少年」であることから大人になり切れない、いつまでも少年のままでいたいという心理をピーターパン・シンドロームといいます。

もず
もず

小説・映画でもそういう意味で使われているところがありましたね。

小説映画では引用された部分が違うんですよね。

実はバリーというのはとても皮肉屋。

バリーの作品に『12ポンドの目つき』というものがあります。

女性は自分で12ポンド稼げるようになると夫を捨てる―。

女性の社会進出について描いた風刺のきいた戯曲です。

こんなものを書く人の小説なので『ピーター・パン』にも子供向けとは思えない警句がたくさん詰まっているんですね。

「ウェンディ、女の子ひとりは男の子二十人よりやくにたつよ。」

「お母さんは…小さな入れ子の箱のようでした。いくらたくさんあけてみても、箱がまだもう一つ、なかにあるのです。」

佐藤正午『鳩の撃退法』上下巻『ピーターパンとウェンディ』の引用

女性は男性より役に立つ、というのは佐藤正午のよく使うことば。

随筆にも出てくるので、ここでにやっとしたファンは多いと思います。

が、映画では使われていませんでしたね。

入子の箱の箇所も小説の中ではとても意味のある文章で何度も出てくるのですが映画版では削除。

「お母さん」の心の箱は、人間の知られざる一面についての考察です。

人間の心のうちにある家族さえ知らない場所―。

「聖域」について思い至らなかったことから起きた幸地家のトラブル。

非常に重要なメッセージを持った箇所なのです。

…どうして、映画ではこの箇所をつかわなかったのでしょうね。

「女優倶楽部」は社長の趣味で往年の名女優 浅丘ルリ子、内藤洋子、司洋子、高峰秀子なんて名前が出てくるのですが、映画版では加賀まりこ。

ちょろ
ちょろ

往年の名画を知らない若い世代への配慮?

原作に出てくる小説談義もカット。

これは映像化できなかったのでしょうか?

おもしろいのに。

出演者がみな、芸達者なので最後まで鑑賞できましたが、原作者ファンとしてはちょっと物足りませんでした。

津田伸一が小説の設定より若いとか、かっこよすぎるとか、そういう細かい部分が吹き飛ぶくらい、富山県が舞台、佐藤正午が引用した文章を無視、というのが引っ掛かりました。

タイトル『鳩の撃退法』の意味は?

この不思議なタイトル。

小説中に「鳩」という言葉が最初に出てくるのは津田がお世話になっている女性銀行員を描写した箇所。

規則正しい生活を「帰巣する伝書鳩」という紋切型で表現しています。

もず
もず

作中、津田は房州老人に日常で使う言葉について作家らしくないと注意されます。

小説が佳境に入ると偽札を表す言葉としても使われています。

では、「鳩の撃退法」=偽札を撲滅することかというとそんなに単純でもなさそうです。

古今東西において

鳩ほど 文化的なフィルターを通して見られている鳥はいないと思うんですよね。

政治的に「ハト派」というと武力によらず話し合いで問題を解決しようとする穏健派のこと。

『鳩の翼』、『鳩の中の猫』(小説)『鳩の旋律』(漫画)など創作物のタイトルに使われることも少なくありません。

これはひとえに

  • おとなしい鳥
  • 人に対して従順
  • 平和の象徴

という「文化的なフィルター」を通したイメージにすぎません。

旧約聖書にも出てくる平和のシンボル、福音を伝えるもの的な発想。

でも、実際はどうでしょう?

少なくとも九州、しかも長崎で暮らしたことのある者にとって鳩は「おとなしい鳥」ではありません。

長崎平和公園の鳩は半端なく狂暴で食べ物を持っていると襲われます。(マジ)

昔、福岡の警固公園で友人と折尾名物「かしわ飯」を食べていたら、鳩に追いかけられました。

えっ、それって共食いじゃない?

あわてる私に、長崎生まれ・長崎育ちの友人が一言。

「福岡の鳩はおとなしいね。平和公園の鳩はこんなもんじゃないよ。」

…まじか。

疑っていたら数年後、長崎で暮らして実感しました。

疑ってすまん、友よ。

鳩、平和の象徴どころか争いの源的な。

人間が手を出してこないと知っているので図に乗っていて容赦ないです。

リアルな鳩は小説中にもあります。

赤い眼をした不気味な鳩。

津田が女優倶楽部の女の子たちとクリーンセンターというごみ処理施設に行くところに出てきます。

眼が充血した鳩が生ごみをあさっているんですね。

赤い眼はともかく、生ごみや残飯をついばむ鳩というのは

文化的な思い込みを排した、日常的によく見る「鳩のいる」風景。

不愉快な、現実的な情景です。

こう考えると「鳩の撃退法」とは

紋切型を排除し、狂暴な現実といかに対峙するか?という意味にも取れます。

現実を、「書き直す」。

「小説家は小説を心ゆくまで書き直すことができる。」

「事実を曲げても、たらればの後悔のない地点まで連れてゆけるはず」

本文にある言葉です。

似た言葉が、佐藤正午の別の本にも出てきます。

「小説を書くということは『書き直す』ということ」

佐藤正午『小説の読み書き』(岩波新書)

小説家 津田伸一にとっての「残酷な現実への対処法」は小説として、あるべき着地点へと「書き直す」ことしかない―。

小説を書くものの自恃とも取れますね。

映画『鳩の撃退法』の役者たちについて

次に劇中の俳優たちについての感想。

藤原竜也、本当はもっと静かな役が似合うと思うんですけどね。

舞台『エレファントマン』や『木の上の軍隊』みたいな抑えた演技をスクリーンでも観てみたい。

彼の舞台は生で見たことあるんですが、とにかく発声がすばらしく、方言が自然なんですよね。

こういう長所を生かした役を選んでほしいな、というのがファンの感想。

どんなにむさくるしい服装をしていても、そこはかとなく清潔感があるのは〇。

風間俊介はほんとうに芸達者。

血のつながらない子供を育てる複雑な男性を体現。

陰のある、哀し気な眼が印象的でした。

『それでも、生きてゆく』では殺人犯を演じていましたね。

あのドラマも良かったですが、今回は渋い演技がじわじわきました。

リリー・フランキー 映画『凶悪』やNetflixの『全裸監督』とは全く違う役どころ。義理堅い理髪店主を見事に演じていました。

さすがの一言。全くの別人に見えます。

『そして、父になる』ではちゃらい父親をしていましたね。カメレオンか。

そして豊川悦司。

存在感が群を抜いていますね。

名前を言えない例のあの人。

『ハリー・ポッター』のヴォルデモート卿みたい、と一緒に映画に行った先輩が笑っていました。

この役が、豊川悦司の雰囲気にぴったりでこれはよかったですね。

残念な点;幸地奈々美役の女優 佐津川愛美

甘ったるい舌足らずなしゃべり方でただのバカ女に見えます。(失礼)

風間俊介演じる秀吉が、他の男の子供を妊娠しているにも関わらず一目ぼれして結婚する女性の役なんですよ。

もっと適役がいただろうに、と思ってしまいました。

ただ、佐津川愛美が悪いわけではありません。

彼女はもっと、サバサバした姉御っぽい役が似合う気がします。

坂井真紀、土屋太鳳はなかなか似合っていたと思いましたね。

映画の出来としては普通

原作の方がずっと面白かったです。

佐藤正午の作品は複数、映像化されているのですがどれもいまひとつ。

『書店員ミチルの身の上話』(原作は『身の上話』)はいい方ですね。

できたら、名監督が『月の満ち欠け』を映像化してほしい。

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エンドロールで井上陽水の「氷の世界」のカバーが流れるんです。

歌詞にりんごが出てくるので、ちょっとだけ佐藤正午の世界っぽくてあれはいい選曲だと思いました。

(佐藤正午は毎朝、りんごを食べるりんご好き。小説にもよく登場し、『ジャンプ』や『アンダーリポート』では重要な役目をになっています。)

結論;出演者のファンなら見て損はないと思います。

佐藤正午のファン、ならあまり期待しない方が〇。

お付き合いいただきありがとうございました。

参考にしていただけるとうれしいです。

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