『特捜部Q アサドの祈り』あらすじと感想

イラク 映画・ドラマの原作本

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デンマークが生んだ世界的なベストセラー作家ユッシ・エーズラ・オールスン。

彼のヒット作「特捜部Q」シリーズ第8弾が『特捜部Q アサドの祈り』です。

原題は『Offer 2117』。

母国デンマークでは2019年に、日本では2020年に出版されました。

2023年4月現在、シリーズ最新刊となっています。

カール・マーク警部の優秀でユニークなアシスタント アサドの過去と秘密が暴かれる本作。

シリーズファン必読の一冊となっています。

『特捜部Q アサドの祈り』あらすじ

本作に登場する主要な人物。

特捜部Qの主要メンバーは除いています。

『特捜部Q アサドの祈り』登場人物

【『特捜部Q アサドの祈り』主な登場人物一覧】

  • ジュアン・アイグアデル スペイン人ジャーナリスト
  • リリー・カバービ アサドの恩人
  • アレクサンダ 引きこもりのゲーマー少年
  • ラース・ヴャアン 重大犯罪課前課長
  • スサネ ラース・ヴャアンの妻
  • イェス・ヴャアン ラースの兄
  • ガーリブ(アブドゥル・アジム) アサドの宿敵
  • ハミド ガーリブの右腕
  • マルワ アサドの妻
  • ネッラ アサドの長女
  • ロニア アサドの次女
  • サミル・ガジ マルワの実弟、アサドの友人で義弟
  • ヘルベルト・ヴェーベル ドイツ情報機関の職員

『特捜部Q アサドの祈り』あらすじ

 舞台は前作『特捜部Q 自撮りする女たち』の事件から2年後。

キプロス島アヤナパビーチに老女の死体が打ち上げられます。

身元は不明。

自由の国ヨーロッパを目指してきた難民のひとりと思われた彼女。

カリブ海で命を落とした「2117番目」の犠牲者です。

老女の写真は全世界の新聞でトップ記事を飾りました。

その写真を見たアサドが驚愕。

老女の名前はリリー・カバービ。

アサドの恩人にして、家族の消息を知る唯一の人物だったのです。

 一方、コペンハーゲン警察では重大犯罪課の課長 ラース・ヴャアンが急死。

ラース・ヴャアンはアサドを特捜部Qに雇い入れた人物です。

アサドはラースの妻 スサネをなぐさめたり、2年前の事件以来 引きこもりになったローセを見舞ったり多忙を極めます。

そんなさなか、特捜部Qに事件を起こすことをほのめかす謎の電話がかかってきます。

「ゲームでレベル2117になったら部屋から出て両親と近隣住民を〇す」

電話応対をしているゴードンは途方にくれますが…。

うだつの上がらないスペインのジャーナリスト ジュアン、ゲーム〈キル・サブライム〉に熱中する引きこもり青年、アサドの宿敵、アサドと特捜部Qの面々。

リリー・カバービの死を契機にして動き出した彼らの思いと虚栄心、企みが複雑に交錯する巨大なタペストリー。

ついに明かされるアサドの本名と過去。

アサドの宿敵と対決すべく休暇をとって海外遠征するアサドとカール。

敵が企てるテロを阻止することができるのか?

コペンハーゲンに残されたゴードンとローセは謎の人物を特定し、惨劇を食い止められるのか?

涙あり、ユーモアあり、アクションあり。

ラストまでノンストップ、緊迫感とスピード感で引っ張る長編ミステリーです。

『特捜部Q アサドの祈り』感想

* 若干のネタバレを含みます。

ご注意ください。

上下巻とかなりボリュームのある作品ですが、読み始めると続きが気になってあっという間に読み終えました。

ストーリー展開の巧みさはいつも通り、見事。

時折、ちらりと光るユーモア、カールとアサドの友情、家族の絆に胸が詰まる一冊です。

狂言回しとなるジャーナリスト ジュアンの弱さと人間らしさ、引きこもり青年 アレクサンダの独善、アサドの宿敵ガーリブの執拗さと陰湿さ。

それらが絡み合い、物語に深みを与えています。

アサドの正体と過去

アサド 本名はザイード・アル=アサディ。

イラク生まれの彼は1975年に家族と共にデンマークに移住。

トップクラスの高等学校普通科(ギムナジウム)を卒業後、大学で言語学を学びますが、兵役のため一時中断。

軍で評価され、士官学校への進学をすすめられたほど確固としたポジションを得ました。

ここで出会ったのが後の上司となるラース・ヴャアン。

ラースはアサドが語学堪能であることから、軍の語学官になるように説得します。

もともと、向上心と語学への熱意があったアサドはこれを了承、語学官養成課程を修了しました。

そして仕事で情報部員であったラースの兄 イェス・ヴャアンと出会います。

イェスはアサドを猟兵中隊(デンマーク陸軍特殊部隊)にスカウト。

アサドは軍でのキャリアを積むことになります。

その後、様々な任務に就いたアサドは世界の惨状に愕然。

軍を退き、教官職へ転身。友人サミルから姉マルワを紹介され結婚。

2人の娘に恵まれ、北ユトランドで幸福な結婚生活を送っていました。

雲行きがあやしくなったのは1999年。

大晦日にアサドの父親が死去。

アサドは母親と自分の家族3人を養う必要が出てきます。

好きだった教官の仕事を辞め、コペンハーゲンに移住。

民間で仕事を探しますが、アサドの履歴書でも面接にすらこぎつけられませんでした。

アサドは大黒柱として苦渋の決断をし、イェスに職のあっせんを頼みます。

ちょうど中東に不穏な空気が漂っていた時世、イェスはアラビア語が堪能な部下を探していました。

アサドは通訳として国防情報庁で働くこととなります。

サダム・フセインの名前が毎日ニュースで流れていた時代。

とても危険な任務になることが予想されましたが、

イェスはアサドの安全を受け合いました。

「9.11」以後、空気は変わってきます。

イェスは国連の委任で武器査察官としてイラクに派遣されます。

もちろん、通訳であるアサドも一緒です。

アメリカが主導してサダム・フセインの「大量破壊兵器」を血眼になって探していました。

アメリカの言い分を鵜吞みにしていたイェスは「どこかに隠しているに違いない」と妄信。

なんと、国連の制服を着ず、めぼしい工場に不法侵入し、写真を加工。

「大量破壊兵器」製造の「証拠」を捏造しようとしたのです。

それがフセインの秘密警察に見つかり、逮捕。

1週間後に死刑に処す、と言われます。

自業自得です。

ですが、アサドは肉親を救いたいラースから兄の救出を依頼されることに。

ラースとアサドはイェスが収容されている〈別棟1〉から彼を救うべく暴挙に出ます。

その〈別棟1〉で拷問官をしていたのがアサドの宿敵 ガーリブ。

アサドはヴャアン兄弟のために、自分自身と彼の家族を危険にさらすことになったのです―。

イェスは助かったものの、アサドはひどい拷問を受け、彼の妻と娘二人は敵の手に堕ちました。

アサドは16年間、自分の家族の安否がわからぬまま生きていたのでした。

ちょろ
ちょろ

読んでいてヴャアン兄弟への怒りがふつふつとわいてきました。

宿敵ガーリブとの因縁

〈別棟1〉の拷問官だったガーリブ。

現在はスンニ派テロ組織のリーダー。

「イェス救出作戦」でのアサドの活躍により、顎にリン酸による重傷を負ってしまいます。

アサドへの異常なまでの報復心。

なぜかと思っていると後半、アサドの件で一生 妻をめとることができない体になっていたことが分かります。

ガーリブは唾棄すべき悪人ですが、イェスとラースがしたことも決して褒められたことではありません。

誰にでも自分基準の「正義」がある―。

善悪二元論におちいらない、ユッシ・エーズラ・オールスンらしい設定です。

ローセの復活

前々作『特捜部Q 吊された少女』事件で、精神的ダメージを受けたローセ。

心身ともに再起不可能なほど傷を負った前作(『特捜部Q 自撮りする女たち』)。

ローセの父親の死について新事実が判明しました。

読者は、これでローセの魂が救われれば…と思いましたが長年にわたってつけられた心の傷は深い―。

退院したものの、引きこもりになってしまいました。

体重が20kg増え、すっかり以前の面影がなくなった彼女。

退職したローセを特捜部Qのメンバーは支え続けていました。

本作で、ラース・ヴャアンが死去。

アサドの過去、宿敵とのいきさつを知ると、ローセはとたんに復活します。

自分がどんなにつらい時でも、仲間が窮地に陥るとサポートに回るローセ。(『特捜部Q 知りすぎたマルコ』)

ジーンと来ました。

こういう人物造形の伏線がしっかり張られていて、回収されるのがユッシ・エーズラ・オールスンのすごいところ。

また、ローセの外見が膨張しても、彼女に変わらぬ愛を捧げるゴードンがなんともかわいらしい。

ローセが特捜部Qに復帰した際、カールがゴードンを表して「雌鶏の羽の下でようやく安心した、やたらにでかいヒヨコ」を連想するシーンは笑いました。

カールとモーナの未来

カールとモーナの関係はシリーズ中、変化し続けてきました。

第1作では全く相手にされなかったカール。

徐々に距離を縮め、結婚を申し込んだら断られ、2年近く口を利かないことも。

モーナの末娘が病魔に侵されてから、復縁。

本作ではなんと二人の間に新しい命が芽生えます。

果たしてこれからどうなるのか。

モーナはともかく、カールが父親…。

ちょっと心配ですね。

『特捜部Q』シリーズ アサドにまつわる伏線

さて、アサドの凄絶な過去が明らかになった『特捜部Q アサドの祈り』。

10年続いたシリーズの中で、どれくらい伏線があったのか気になって調べてみました。

檻の中の女
カールがアサドに「本当はイラクから来たんじゃないのか?古傷があるんだろう」
と詰問。
インクで消された文字を復元させる知人がいるなど広い人脈があったため。

キジ殺し
子供を殺害され、夫も失った遺族に対する深い同情、親身になって寄り添う姿勢、言葉の選び方にカールが感嘆する。

Pからのメッセージ
警察署内でアサドがサミルと取っ組み合いの大ゲンカ。
アサドは「私のせいでサミルは親戚をひとり失っている」と発言する。

カルテ64
早朝から特捜部Qの地下室にいるアサドにカールが「家族に関係があることか?」と質問。アサドは「はい」と答えただけで詳細を語らず。
また、手練れの捜査官カールとバクが唖然とするような「脅し文句」でバクの妹を苦境から救うなど底知れぬ面を見せる。

知りすぎたマルコ
ラース・ヴャアンがイラクの悪名高い収容所にいたこと、アサドに借りがあることが匂わせられる。

吊された少女
故ハーバーザートの妻に対して、珍しくアサドが「家族を大切にしなかった」と冷たく当たる。
アサドが銃器に詳しいこと、拷問を受けた経験があることがわかる。

自撮りする女たち
危機に対してカールより敏感に察知する。恐ろしいほどに確かな射撃の腕を見せる。

ちょろ
ちょろ

初期からしっかり考えられ、練り上げられていたんですね。

『特捜部Q アサドの祈り』を読むと映画のキャスト変更に納得できる部分も…

特捜部Q映画版は第5弾『特捜部Q 知りすぎたマルコ』から映画製作会社・キャストが大きく変更。

話題になりました。

もともと映画化第1弾『特捜部Q 檻の中の女』公開時から、主要登場人物が若すぎると原作読者は驚いたもの。

映画がデンマークで公開されたのは2013年。

このとき、原作は『特捜部Q 知りすぎたマルコ』までしか出版されていませんでした。

ですが、作者の頭の中にはすでにアサドの人物造形は出来上がっていたとみられます。

このまま、順調に映画化が進んだら…

アサドの経歴・過去が映画版では大幅変更される可能性が出てきます。

アサド役だったファレス・ファレスは1973年生まれ。

2001年9月11日には28歳。

これではアサドのような経歴・家族を持つのはちょっと不可能です。

俳優が実年齢以上の役をするのは珍しいことではないですが、カール、アサドともに老けメイクもしていませんでしたからね。

ここへ来てからの軌道修正(原作に近い年齢の俳優陣を起用する)は仕方がなかったのかもしれません。

ま と め

読者が長年気になっていたアサドの過去が分かり、ひと段落した「特捜部Qシリーズ」。

「吊された少女」「自撮りする女たち」でローセの過去が、「アサドの祈り」でアサドの過去が扱われたので次はカールでは?と思われていますね。

『特捜部Q Pからのメッセージ』以降、カールを悩ませている従兄弟ロニーの問題。

死してなお、カールを苦しめるロニー。

二人とロニーの父親の間で一体なにがあったのか?

まだまだ目が離せませんね。

また、アサドと彼の家族が今後どうなるのかも気になります。

修復するにはあまりに深すぎる傷。

マルワ、ネッラ、ロニアはローセのように立ち直ることができるのか?

次作の出版が待ち遠しいです。

お付き合いいただきありがとうございました。

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