佐藤正午『月の満ち欠け』ほか せつない小説・戯曲・漫画を紹介します

文学

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ちょっと非日常を味わいたくて、感情を動かしたくて。

郷愁に駆られて―。

せつない恋愛ものを読みたくなる時がありますよね。

人生の、恋愛に占める割合が高かった頃を思い出すと懐かしくなる瞬間。

恋愛小説や本を読んで追体験してみたくなりますよね。

今回はそんなときにおすすめの作品をご紹介したいと思います。

胸を締め付けられる小説・戯曲・漫画です。

白石一文 『ほかならぬ人へ』運命の人に出会えばわかる?

(祥伝社文庫 ¥619+税)

第142回直木賞受賞作。

 恵まれた環境に生まれ育った宇津木明生。

名家の三人兄弟 末っ子の彼はかわいがられているですが、自分は白鳥の中のアヒルを自認しています。

生家の基準では成績・スポーツともにふるわなかったためです。

就職と同時に家を離れ、親族とはかけ離れた業種に就職。

許嫁とは別の女性 なずなと結婚し、幸せになれるかと思いきや―。

 恋愛は自分の意志ではどうにもできませんよね。

登場人物たちはみな、それぞれに好きな人のことを考えもがき苦しみます。

他人を傷つけても、と思う人、忍ぶ恋を選ぶ人。人それぞれです。

「ベストな相手が見つかったときは、この人にまちがいないっていう明らかな証拠があるんだ」

それがどんな証拠かは読んでのお楽しみです。

 この小説の優れた点はこんなロマンティックな主題を扱っているのに、登場人物たちがリアルなところ。

仕事を持ち、悩み、日常の雑務をこなしながら生きていく様子が現実味を帯びているからこそ、ラストに涙が流れます。

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佐藤正午 『月の満ち欠け』 何度生まれ変わっても会いたい人

 (岩波文庫 ¥850+税)

 第157回直木賞受賞作。

2022年映画化されました。

〈あらすじ〉

 15年前に妻と娘を交通事故で失った小山内堅(おさない つよし)。

彼は東京ステーションホテル2階のカフェで、ある母娘と待ち合わせをします。

その娘は緑坂るり(みどりさか るり)。

小柄な小学生2年生。

彼女は小山内の亡くなった娘 小山内瑠璃(おさない るり)の記憶を持っ少女。

小山内はもちろん、半信半疑です。

ですが、るりは不遜(ふそん)とも取れる態度で

自信満々。不思議な会合にのぞみます。

緑坂るりは以前は小山内瑠璃ですが、

さかのぼると27歳で他界した正木瑠璃(まさき るり)。

彼女は1970年代に不幸な結婚生活を送っていた人妻でした。

ある日、大学生 三角哲彦(みすみ あきひこ)と出会い恋に落ちますが…。

好きな人に会うため、それだけのために何度も生まれ変わる女性 瑠璃(るり)。

34年かけて、瑠璃は哲彦に会うことが出来るのか?

正木瑠璃、小山内瑠璃、小沼希美、緑坂るり。

何度失敗しても繰り返す転生。

気持ちの強さがあれば、生も死も超越する―。

まるでエドガー・アラン・ポオの『ライジーア』を思わせるような執念。

ですが、佐藤正午が描くと暗くなりません。

恋人には一途ですが、そうでない人には完全に塩対応の瑠璃がなんとも魅力的な一冊です。

実は小山内の亡き妻 梢(こずえ)にも秘密があることが分かる、

後半からのストーリー展開は見事。

女同士の連携が物語に深みを与えていますね。

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ちょろ
ちょろ

佐藤正午は小道具の扱い方がとてもうまい作家。この作品ではTシャツ、ライターがいい味だしています。

もず
もず

3回読んでいますが、必ず最後になると涙が出てきます。

 映画『天国から来たチャンピオン』、ナボコフ『ロリータ』など「転生」を扱った作品が出てくるので興味がある方はそちらも見てみるといいですね。

三島由紀夫『豊饒の海』など転生ものは「月」がモチーフになることが多いですね。

『肉体の悪魔』レーモン・ラディゲ 青春の残酷さ

 三島由紀夫、堀辰雄、堀口大学らに影響を与えたことで有名なフランスの詩人・小説家レーモン・ラディゲ。(1903〜1923)

その短すぎる濃密な生涯と最期は三島由紀夫が作品にしたほど。

彼の処女作にして出世作『肉体の悪魔』。

フランス心理小説の代表的な作品です。

 第一次世界大戦下のフランス。

リセ(高等中学校)に通う「僕」は家族同士の縁で19歳の女性マルトと出会います。

文学の趣味が似ていたことで意気投合した「僕」とマルト。

ですが、マルトには兵士として出征している婚約者がいました。

「僕」はマルトへの愛情を秘めたまま、新婚夫婦のための家具選びに付き合ったり、アメリカで流行しているカクテルを出す店に繰り出したり。

マルトの結婚後、ふたりは気持ちをおさえられなくなり不倫関係におちいるのですが…。

15歳の少年と19歳の人妻の悲恋。

小説の中に有名なセリフがあります。

自分の恋に気づいたマルトが「僕」を突き放そうとする場面です。

「私は、あなたの一生を台無しにしたくないの。私、泣いているのよ。だって私はあなたにはおばあちゃん過ぎるんですもの」

19歳の、少女と女性の中間のような年齢で「おばあちゃん過ぎる」と泣いてしまう―。

恋のなせるわざですね。

 このシーンは読者にかなりの衝撃を与えたようで、川端康成の小説『みずうみ』にも出てきます。

『みずうみ』読了後に『肉体の悪魔』を読むと「僕」とマルトの世間知らずなところが痛々しくて胸を締め付けられますね。

『肉体の悪魔』は何度も映画化されています。

一番有名なのはフランスの名優ジェラール・フィリップが演じたもの。

が、15歳と19歳の男女が演じるのは倫理的に難しいためか、設定が大幅に変更されることが多いです。

ガルシーア・ロルカ 『血の婚礼』 恋と未練と悲劇

(岩波文庫 ¥840+税)

20世紀スペインの国民的詩人ガルシーア・ロルカ。(1898〜1936)

彼の三大悲劇を集めた一冊です。

「イェルマ」「ベルナルダ・アルバの家」が収録されています。

表題作「血の婚礼」は森山未來が舞台で演じたことがあるので、ご存じの方も多いのではないでしょうか?

愛し合っていた若い男女。

男は貧しく、女は裕福な家の生まれ。

ふたりは別れ、男は女の従姉妹と結婚して所帯を持ちます。

その後、女は裕福な男性との結婚式を迎えるのですが―。

スペインで実際に起きた殺人事件をもとに、ロルカが想像力を駆使して歌い上げた戯曲です。

ラストはさておき、愛する女性と別れて別の女性と結婚した男性レオナルドの独白が秀逸。

「おれは あんたを忘れようとして、

あんたの家と おれの家を、

石の壁でへだててみたんだ。

ほんとうだ。覚えているだろう?

遠くに あんたの姿を見かけると

おれは両目を砂でまぶした。

それなのに おれが馬にまたがると

馬はあんたの家に向かうんだ。」

ガルーシア・ロルカ『三大悲劇集 血の婚礼 他二篇』(岩波文庫 109p)

  

スペインの風土、感情の起伏が激しい人々、因習。

遠い異国の戯曲ですが、人を想う気持ちのつらさは万国共通。

人間の業を感じさせる作品です。

ちょろ
ちょろ

森山未來が舞台でレオナルドを演じたことがあります。ラストのダンスがすばらしかったです。

中村文則『私の消滅』

芥川賞作家 中村文則(1977〜)。

愛知県出身。

大江健三郎賞を受賞した『掏摸<スリ>』がウォール・ストリート・ジャーナル氏2012年ベスト10に選出されるなど海外での評価も高い作家です。

2016年に発表された『私の消滅』。(文芸春秋)

「このページをめくれば、あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない」

記憶とは何か?という根源的な投げかけ。

人間の「悪意」はどこまでが裁かれるのか?

いじめや虐待で精神を病んだ殺人犯がいたとして、原因となった人々はなぜ裁かれないのか?

重たいテーマ、緊迫したサスペンス、精神分析や治療、洗脳の歴史―。

やるせない展開の中、胸に迫るのはある男性の、「ゆかり」さんへの想い。

大事にしていた女性を自殺に追いやった人々が許せない―。

復讐のために選んだ手段とは?

異色の作品ですが、人を想う「念」の強さに身震いする一冊です。

萩尾望都『AーA’』 何度生まれ変わっても…

名作の多い萩尾望都の作品。

その中で、もっともせつないと思うのがこちら。

『AーA’』

人工的に作られた一角獣種。

東部の中央に隆起があり、その部分だけ赤い髪が生えているのが身体的特徴です。

喜怒哀楽を外に出さず、黙々と仕事をする種。

16歳のアデラド・リーのクローンが目覚めるところからストーリーは始まります。

プロキシマ第5惑星”ムンゼル”。

開発計画のため働いていたオリジナルが流動氷にのまれ、死亡したためクローンが派遣されることになります。

が、オリジナルのアデラドと仲の良かったスタッフ レグは拒絶。

クローンとは?記憶とは?共感とは?

様々なことを考えさせられる作品。

アデラドとレグのかかわり方がリアル。

人が他人を大切に思うのは、かけた時間や思い出があるから。

非常に抑制のきいた描き方がされている分、読み終えた後も心に残ります。

アデラド・リーという名前はエドガー・アラン・ポーの「アナベル・リー」のもじりですかね。

若くして亡くなった恋人を悼む詩。

多くのファンを持ち、ナボコフの『ロリータ』にも出てきます。

もず
もず

『ロリータ』語り手ハンバードの初恋の人はアナベル・リーという名前。ローティーンで亡くなっています。

まとめ

小説や戯曲は場所を選ばずに日常から離れられる、ありがたいもの。

恋愛の切なさ、つらさを追体験してみてください。

生活に追われず、他人のことで頭がいっぱいだったあの頃を思い出せます。

人生が半ばを過ぎると、他人に感情を支配されるなんてことはほとんどなくなります。

若い頃より楽になれる分、ちょっとさびしいと感じるときがありますね。

読書であのころを思い出すのも、また一興。

どっぷりとはまってみてください。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

参考にしていただけるとうれしいです。

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