『愚かな薔薇』恩田陸〜恩田版吸血鬼幻想〜

薔薇の花 読書

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2021年12月23日 徳間書店から発売された恩田陸の『愚かな薔薇』。

英訳は「Rose that blooms through all eternity」。

単行本592ページ。

連載14年。

直木賞受賞作家 恩田陸が長い歳月をかけて紡いだ物語です。

書店で萩尾望都の表紙を見かけた方も多いのではないでしょうか?

(期間数量限定バージョンのようです)

惹句は「本屋大賞&直木賞W受賞作家による美しくもおぞましい吸血鬼SF』

『萩尾望都さん、絶賛!』

ちょろ
ちょろ

萩尾望都、恩田陸のファンなら思考停止で買ってしまいますね。

今回はこちらをご紹介したいと思います。

恩田陸『愚かな薔薇』あらすじ

 高田奈智(たかだ なち)は14歳の少女。

夏の2ヶ月をキャンプで過ごすため、保護者の元を離れて磐座(いわくら)に来ました。

豊かな自然に囲まれた山間部の町。

中心部には紅葉川が流れています。

キャンプは「虚ろ舟乗り」(うつろふなのり)の適性を見るためのもの。

一般的な言葉でいうなら宇宙船の乗組員。

さまざまな場所から選ばれた少年少女たちが集められています。

「虚ろ舟乗り」は子供たちあこがれの職業。

彼らはまさにエリートの卵といえます。

もず
もず

特殊な適性が必要なため、成績や身体能力が基準ではない様子。

磐座は「虚ろ舟乗り」の聖地にして、奈智の亡き母ゆかりの場所。

今も母親のいとこ 美影久緒(みかげ ひさお)が料理旅館を営んでいます。

奈智は美影旅館に寄宿。

キャンプのある盤座城へ通うように話がついています。

久緒の息子 深志(ふかし)は高校三年生。

見上げるほどの長身、久緒ゆずりの美貌。

昔から奈智と仲が良く、奈智は「兄」と慕っています。

深志も奈智を好ましく思っているようで、

4年ぶりに親交を深めます。

幼い頃は磐座に住んでいた奈智。

ですが、

母が他界、父は消息不明。

奈智は遠方に暮らす伯父夫婦に育てられました。

そのため「虚ろ舟乗り」「キャンプ」について何も知りません。

到着した次の日、奈智は城に向かう途中でこの地域に咲く「さとばら」の匂いに当たってしまいます。

甘く官能的な匂い―。

めまいと吐き気に襲われる奈智。

思わず、野原で嘔吐してしまいます。

すると、

吐いた後の草むらには鮮血が!

「私は病気?」と混乱する奈智に、キャンプ生の天知雅樹(あまち まさき)は

「変質が早いな」と冷静な対応。

どうやら「虚ろ舟乗り」になるためには身体が細胞レベルで変化する必要があるらしい―。

奈智は深志、天知雅樹に教えられ、戸惑いながら生活するのですが…。

徐々に明らかになる「虚ろ舟乗り」の正体。

深志に恋をする土地の資産家 城田英子、その弟 浩司との関係。

キャンプ生をめぐるどす黒い大人たちの打算。

奈智の両親をめぐる謎、

迫りくる地球の滅亡。

恩田陸が贈るダークファンタジー、SF、青春小説の融合です。

恩田陸『愚かな薔薇』の感想 

 タイトルの「薔薇」、萩尾望都が書下ろしカバーイラスト、帯には「吸血鬼」の文字。

くの人が萩尾望都の名作少女漫画『ポーの一族』を思い浮かべたのではないでしょうか?

もず
もず

バラ、吸血鬼と言ったらエドガーですよね。

ちょろ
ちょろ

元祖は石ノ森章太郎の『きりとばらとほしと』だけどね。

ですが、読み進めていくと全く違った印象に。

宇宙船、各地から集められたローティーンの子供たち、変質、富と名誉と引き換えに犠牲になる

人々、国家規模の計画…

恩田陸と同じ宮城県出身の創作家 佐藤史生(さとう しお)の世界とオーバーラップしました。

もず
もず

萩尾望都の盟友。すぐれたSFを残した漫画家ですね。

佐藤史生の作品についてはこちらでも触れています。

代表作は『夢みる惑星』『ワン・ゼロ』、複合船シリーズ、七生子シリーズ。

豊かな教養、独特なセンス。

民俗学、宗教、神話とSFの融合。

硬質な絵柄、巧みなセリフ、細やかな心理描写が得意だった佐藤史生。

特に今回、思い出したのはこちら。

名作の誉れ高い『やどり木』です。

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恩田陸は漫画やドラマから受けた影響を隠さない小説家。

『六番目の小夜子』は吉田秋生の『吉祥天女』のせりふをエピグラフにしていましたし、

ペンネームはドラマ『やっぱり猫が好き』からとったと公言しています。

『チョコレートコスモス』は明らかに『ガラスの仮面』。

日本の漫画文化やドラマの質の高さをよくご存じの作家さん。

佐藤史生…、読んでいると思いますね。

もず
もず

佐藤史生の名前は三浦しをんのエッセイにも出てきます。作家にファンが多い漫画家。

もし、読んでいなくてこの世界を紡いだとしたらそれはそれですごいですが。

もちろん、題材が似ていても違いはあります。

恩田陸作品で、ここまで官能的で死とエロスを感じさせるものがあっただろうか?

という内容なんですね。

佐藤史生はストイックというか、そういうシーンを書いても全く●●さを感じさせない漫画家でしたが。

このあたり、作家性の違いが出ていて面白かったです。

恩田陸『愚かな薔薇』のバランス感覚

恩田陸はとても好きな作家さんです。

一時期、はまって全作品を読破しました。

好きな作品は『ユージニア』と『チョコレートコスモス』。

駄作がない、こまめにヒットを出してくるプロ中のプロ。

今回、「本当にうまいな…」と感嘆したのは次のようなところ。

 14歳の、特異な素質を持つ美少女 奈智。

彼女をいとおしく思っている遠縁の美青年 深志。

奈智に興味を持つ磐座の資産家子息 城田浩司。

バラ、血切り(ちぎり)という風習、出生の秘密…

少女漫画的な要素がてんこ盛りなんですよ。

しかも、王道の。

ちょっと読んでいてこそばゆくなるくらい。

ですが、それでも読み進められるのはバランスがとられているから。

美しい少年少女、咲き乱れるバラの花、宇宙船の聖地―

きらびやかな設定ですが、

登場人物は方言を話しています。

奈智や深志が食べている食事は日本の伝統食。

祭りの日には浴衣、下駄。

きわめて日本的なんですね。

そして、自治体のふところ事情、政治、打算、駆け引きというなまぐさい面も

しっかりと描かれています。

読者は登場人物を身近に感じながら、読み進めていくことが出来ます。

もず
もず

SFやファンタジーには感情的なリアリティが必要不可欠。

こういうバランスのとり方には先例があります。

日本が誇る長編小説『源氏物語』。

ハレ、ケガレの均衡が保たれていることはよく知られています。

華々しい場面の後には、病気や方違え(かたたがえ)が出てくんですね。

また、『源氏物語』の現代語訳を手掛けた小説家 谷崎潤一郎の『細雪』。

同様にはなやかな物事と合間合間に、艶消しのようにあざや注射などの言葉が出てきます。

ちょろ
ちょろ

優れた作家は光あるところに必ず影を作ります。

さすがは恩田陸…と感心することしきり。

『愚かな薔薇』の軽いネタバレ

以下、『愚かな薔薇』について筋に軽いネタバレを含みます。

未読の方はご注意ください。

長い宇宙の旅に出る「虚ろ舟乗り」の適性とは、不老不死

何十年、ときに何百年も宇宙をさまよい続けるのですから人間の寿命では足りません。

若い体のまま生き続けられる者が好ましい。

全国から集められたキャンプ生たちは

夏のキャンプを通して身体が変異し、年を取らない体に生まれ変わる可能性を秘めています。

以前は、磐座で生まれ育った子供たちにこの特性が強くあったのですが、

ツクバで人工的に作られた天知雅樹のような存在が主流になりつつあります。

身体が変異する途中で、多くのエネルギーを欲するため、他者の血液を飲む必要があります。

提供者と血液をもらうものの関係。

ちょろ
ちょろ

提供者は通称「ブドウ」。

これは「血切り」(ちぎり)と呼ばれています。

異性から血をもらう方が効果があるとされていて、それぞれに地元の健康な男女が割り振られます。

「契り」と同じように快感を伴う不思議な行為。

このあたり、思春期の男女には複雑ですよね…。

もず
もず

強烈に「性」を感じさせる設定。

奈智は、自分はバケモノにはなりたくない、と抵抗を続けます。

ですが、キャンプで仲良くなった三上結衣との交流、さまざまな事件、なによりも自分の中からくる強い衝動によって血を吸うことに…

なかなか独特な吸血鬼の設定で面白かったです。

吸血鬼と言うと首筋に牙を立てたり、エドガーのように指でエナジーを吸ったり、という描写が多いですよね。

恩田陸の吸血鬼は一風変わっています。

まず、「血切り」には茶室が必要で、血を出すための刃物(通い路)が決まっていて。

血をもらう時には刃物をしっかり煮沸消毒!するところがちょっと笑ってしまいました。

清潔感重視。

とても日本的なんですね。

もず
もず

注射器を使う、などは先例があるんですよね。

それにしても、優れた吸血鬼ものを描いた漫画家・小説家には女性が多いのは面白いですね。

萩尾望都、アン・ライス、冬目景、吾峠呼世晴、恩田陸。

女性は血が怖くないこと、共感重視のコミュニケーションをとるので孤独に敏感、

不老不死のヴァンパイアに憧れよりも同情を感じてしまうところ、

いろいろな要素があるのでしょうね。

もず
もず

スウェーデン映画『ぼくのエリ』の監督は元いじめられっ子。孤独に敏感な少年時代を送ったそう。

最後まで緊迫感を持って読むことが出来ました。

恩田陸ファンなら買いの一冊です。

SFはちょっと…と言う方にも楽しめる工夫がされています。

興味のある方はぜひ、手に取ってみてください。

本を読む楽しみを満喫できますよ。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

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