『母という呪縛 娘という牢獄』齋藤彩 感想〜魂の正当防衛〜

檻の中 読書

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2018年、滋賀県で痛ましい事件が発生しました。

通称「滋賀県医大生母親殺害事件」。

31歳のまじめな看護師が手にかけたのは、彼女の母親でした。

母の願いをかなえるために国立医大を目指して9浪した娘は、途中で看護科に進路変更。

日常生活、勉強、娯楽、交友関係、大学、卒業後の職業などすべてに口を出してきた母親。

娘が母親に突き付けた強烈な「NO!」は犯罪の形をとってしまいました。

記者の根気強い取材で見えてきた、複雑な親子関係。

加害者の心を真正面から描いた渾身のドキュメンタリー。

この記事では齋藤彩『母という呪縛 娘という牢獄』をご紹介します。

『母という呪縛 娘という牢獄』の概要

 この本は筆者が事件の犯人髙崎あかり(仮名)に、拘置所で面会を申し込むところから始まります。

拘置所の面会は身内や弁護士が主。

見ず知らずの第三者から面会を申し込まれた場合、断る受刑者が多いなか、共同通信の記者と会うことにした高崎あかり。

黒縁眼鏡をかけたポニーテールの彼女はひかえめでまじめな印象の女性でした。

記者があかりの事件に興味を持ったきっかけは、あかりが弁護士を通して公表した文書にありました。

「母の呪縛から逃れたい」という一節。

斎藤彩はこの文章を読んで、あかりの人生に惹きつけられます。

あかりと記者が初めて話したのはたったの15分。

面会の最後に、あかりは聞きたいことを事前に教えてくれれば時間を短縮できると提案し、文通が始まります。

几帳面な文字で書かれた、誤字脱字のない正確な文章に、あかりの生真面目さと教養がうかがえますが、あかり自身は「母親の教育」と謙遜します。

彼女の手紙から見えてきたのは31年間にも及ぶ母親の支配、抵抗しきれない娘の緊迫した関係でした。

尊属殺人、死体損壊というショッキングな事件が起きるまでを、LINEのやりとり、スマホの写真など細かな物証で追っていきます。

『母という呪縛 娘という牢獄』感想

管理人ちょろの家にはテレビがありません。

新聞は15年前に購読を中止しています。

ですから、この事件についてほとんど知りませんでした。

事件の概要を知ったのは『母という呪縛 娘という牢獄』の紹介記事を読んだとき。

レビューだけで気がめいりました。

家人に「母親の命令で医大を目指していた女の子が9浪の末に、母親を殺してしまったらしい」と話すと、一言こう返されました。

「正当防衛だな」

実は管理人も家人も「毒親」(母親)育ちなので、こういう事件を起こした加害者に同情的になってしまうのはいなめません。

管理人の母親はネグレクト系だったので、ちょっと犯人の心境に理解できない部分がありました。

「どうして過干渉の母親から逃げなかったんだろう?」

すると家人が「こういう母親は娘から逃げ道を奪うんだ」と吐き捨てるように答えたのが印象的でした。

実際に本を読んでみると、髙崎あかりは母親から何度も逃亡を試みています。

高校時代から家出を試みますが、母親は探偵社(!)や警察を使ってあかりを追い詰めます。

医大に行かないのであれば、今まであかりにかけてきた学費を返済しろ、そんなことまで言ったのだとか。

このあかりさん、母親に日常生活から進路、入浴まで管理されてきたのにもかかわらず、なかなかの行動力を持った女性。

家出して工場の面接を受けるなど、自立の道を模索しますが、全て母親につぶされてしまいます。

母親は工業高校卒で、強い学歴コンプレックスを持っていたらしく娘に「国立大医学部」を目指すことを強要し、それが駄目だと分かると助産婦になるように無理強いします。

あかりが外科手術にかかわる手術室看護師を希望していたのに、です。

テレビ視聴時間、交友関係、スマホの使用まで規制され、節約のために母親と入浴。

全てが管理された生活が事細かに描かれていて、読んでいて息苦しくなりました。

この事件について調べていて初めて知った言葉があります。

「教育虐待」

文字通り、教育熱心な親・教師が子供に過度な期待をかけ、勉強を強要。

思ったような結果が出ないと叱責することで、児童虐待のひとつにあたるそうです。

あかりは叱責どころか、スマホを壊され、深夜の庭で土下座をさせられ、その様子を母親に撮影されるという常軌を逸した「懲罰」を受けています。

この本を読んでいると「教育虐待」では、言葉が軽いと思いますね。

強烈な母、影が薄い父

 母親と異なり、あかりと良好な親子関係を築いていた父親はあかりが小学校の頃に別居。

以後、あかりが逮捕されるまでほとんど発言力を持たない存在になります。

ここを読んで田房永子の『母がしんどい』を思い出しました。

エキセントリックな妻を持つと、自分の殻に閉じこもってしまう男性が一定数いるようです。

そして子供は、母親の支配から逃げ場を失ってしまいます。

命令され、罵倒され、勉強を強要されてきた31年。

あかりの希望がかなって病院勤務が決まった時、事件が起きてしまったのは極限状態で仕方のないことだったのでは?とつい思ってしまいました。

もし、ここで母親の言うとおりにしていたらあかりが死を選んでいたのでは?

そう思うと、家人の言った「正当防衛」という言葉も的外れではないのかな、と考えてしまいました。

 ちなみに、医学部の浪人は本当に精神にこたえるものらしく、知人男性が4浪した際に「精神を病んだという噂が同級生の間で流れた」と自虐ネタにしていました。

彼はその後、医学部に入りましたが「先輩に国家試験浪人がいて、試験前になると人格が崩壊する」って話していましたね。

話の中に出てくる「先輩」は確か国試浪人2年目だったような。

そのような苦労を、年頃の女の子が9年間味わった―。

すさまじい精神力だと、驚きを禁じえませんね。

 母親に毎日、「バカ」「嘘つき」「親不孝」と罵られてきたあかりが拘置所内で自己肯定感をあげていく様子がなんとも言えません。

医学部を目指していたため、首席で看護科に入学、誤字ひとつない美しい手紙を書き、面倒見がいい。

9歳年上にもかかわらず、あかりは大学で友達に恵まれています。

きっと信頼される人柄だったのでしょう。

違う家庭に生まれていたら「自慢の娘」ですよね…。

子供は生まれてくる家庭や親を選ぶことができない―。

こんなに努力家で我慢強く、行動力のある女性でも道を踏み外してしまうことになる―。

かなり気が重たくなる本でした。

ラストではあかりの周囲にいる人々の献身や愛情で前向きな印象を受けますが、テーマは重いのでこれから読む方はご注意ください。

時々、娘の人生を自分の「延長線」と考える母親がいますが、娘にとっては迷惑以外の何物でもありません。

あかりの母親も、学歴コンプレックスがあるのならスマホゲームやガーデニングに明け暮れずに資格取得でもすればよかったのに…というのが正直な感想です。

母親と娘の関係は本当にこじれやすいもの。

多くの表現者たちがこの問題に苦しめられてきました。

萩尾望都、田房永子etc

そう考えるともしも手塚治虫『ブラックジャック』にあこがれたあかりが漫画を描く道に進んでいれば、原稿用紙にすべてをぶつけて事件を起こさなかったかもしれません。

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下に紹介した岡田斗司夫の本は最近、読みました。

人間を「欲求」で4つのタイプに分けるユニークな考え方が紹介されています。

この事件に当てはめると あかりの母親は「司令型」、あかりは「理想型」だと思われます。

お互いを理解できない関係ですね。

結構、このパターンの親子は多いと思います。

地位や名声を求める母親、自分のやりたいことに情熱を傾ける子供。

この書籍の注目すべき点は、単なるタイプ分けにとどまらずに「お互いに理解しあえない」他者の存在が理解できるところ。

「理解しあえない」相手が分かると、無駄な努力が減ります。

話し合っても理解できない人間がいると知って、諦めるしかない。

人間関係がぐっと楽になりますね。

まあ、それは一定の距離を保つことができる赤の他人に限りますが。

ま と め

テーマは重たいですし、一部残酷な描写がありますが、良書。

気になる方は購入して損はないと思います。

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お付き合いいただき、ありがとうございました。

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